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ただおじちゃんのこと。

 ウチの親戚に、ミュージシャンは僕が2人目。
最初の一人は父の叔父、つまり大伯父にあたる人で、名前が「忠夫」なので「ただおじちゃん」と皆は呼んでいた。何度か抱っこされたことをかすかに憶えている。
 ただおじちゃんは戦時中、海軍の軍楽隊でサキソフォンを吹いており、戦後は札幌NHKの専属のような形で仕事をしていたらしい......。らしい、というのは、なにしろ叔父ではなく大伯父だから、僕がサキソフォンを吹くただおじちゃんをリアルタイムで見たことはなく、音源も残されてはいないから。僕がミュージシャンになると決めて上京したとき、ただおじちゃんは「やめておけばよいのに」と嘆息した、と母から聞いている。
 先日ふと、「ただおじちゃんはどの艦に乗っていたのだろう」と思って調べると、それは「長門」だった。ワシントン軍縮条約の頃に造られた巨艦で、多くの海戦を経て傷つきながらもついに沈まず、戦後米軍に接収される。最後はビキニ環礁で、原爆実験の「的」となって一生を終えた。
 その「長門」に乗っていながら、ただおじちゃんは生きて還ってきた。結核にかかったため。サックス吹きが結核にかかったら、それは仕事を続けられるはずがない。戦争の末期、ただおじちゃんは札幌の南、簾舞という地域の療養所にいた。
 しかも、ただおじちゃんの結核は軽快したのだ。そしてNHK札幌放送局で劇伴や、のど自慢のバックバンドなどの仕事をこなした。今考えると、基礎体力の高さと運の強さが備わってこそ、の長いミュージシャン生活だったのだろう。できることなら、ただおじちゃんの演奏を聴いてみたかった。

 20年ほど前、プロモーションで訪れた名古屋の、FM生放送でのこと。パーソナリティーの中に「良く当たる」と評判の占い師がいて、「あなたの後ろには白い軍服を来たひとが見える」といわれた。

僕は占いは信じない。

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